ツーデーマーチの歴史

ツーデーマーチの歴史

瀬戸内倉敷ツーデーマーチの歴史

 「瀬戸内倉敷ツーデーマーチ」は,倉敷・児島・玉島の合併20周年事業の一環として,本州と四国を結ぶ夢の架け橋・瀬戸大橋の開通を翌年に控えた昭和62年10月に「瀬戸内ツーデーマーチ」として第1回大会が開催され,約2,700人の参加をいただきました。日本で最も歴史のある日本マーチングリーグ(JML)には現在18団体が加盟しておりますが,本大会は結成当初の加盟7大会の1つであり,日本でのウオーキングブームを生み出す大きな要因となりました。

 第1回大会では山陽ハイツを主会場とし,50・30・15kmのコースを設定しておりました。第1回大会の初日50kmコースが台風の影響で中止になり,まさに嵐の中で船出した本大会ですが,マスコミとの共催効果も大きく,第2回大会からは現在と同じ3月に開催を移し,倉敷に春を告げる風物詩として順調に発展してきました。

 第7回大会までは山陽ハイツを主会場としておりましたが,参加者の増加に伴い倉敷駅から山陽ハイツまでのバス輸送が限界に達したため,第8回大会から主会場を倉敷市役所に変更しました。コースは40・20・10kmの3距離でしたが,第20回記念大会の際にチボリ公園を主会場として開催し,5kmコースを新設したことにより,40・20・10・5kmコースでの運営になり,現在に引継がれています。

 第6回大会から大会名を「瀬戸内倉敷ツーデーマーチ」に変更。有名な美観地区を歩ける大会として,第10回大会では参加者数が2万人を超え,西日本最大級のウオーキング大会として開催しております。 

       

過去大会参加人数は→こちら

瀬戸内倉敷ツーデーマーチ実行委員会(倉敷市スポーツ振興課内)
〒710-8565  倉敷市西中新田640番地 【TEL】 086-426-3855  【FAX】 086-421-0107  【E-Mail】 s-k-2day@city.kurashiki.okayama.jp