白神源次郎
白神源次郎は,日清戦争に従軍していました。
明治27年7月7日,朝鮮成歓の役,安城の渡しの激戦中,敵弾が胸部を貫きましたが,なお屈せず進軍ラッパを吹き鳴らし続けました。 その余韻が消えると,ラッパを口にしたままで命が絶えました。享年27歳。
当時の新聞・雑誌には源次郎の勇壮な戦死を讃えた記事が,盛んに報道されました。当時の検定教科書にも登場しました。軍歌には「姓は白神で名は源次郎」と歌われ,国内はもとより広く海外にも伝えられました。
白神源次郎の墓は,この近くの出生地,字(あざ)堅盤谷(かきわだに)の丘の墓地にあります。