ヨルダン通信Vol.3

ヨルダン通信Vol.3

ヨルダン通信 タイトル



JICA青年海外協力隊として、ヨルダンで経済市場調査の活動をしている松本香織(まつもと かおり)さんのレポートをお届けします。第3弾は松本さんが暮らしている町とそこで実施した日本紹介イベントについてお伝えします。

マルハバ

まだまだ、日本は大変な状況が続いていることと思います。遠くヨルダンからですが、心からお見舞い申し上げます。

今回は、私の住んでいる町についての紹介第1弾と、4月に、この街で行った日本を紹介するイベントの模様についてお知らせしたいと思います。
 

図:ヨルダン地図
ヨルダン地図

私は、今、死海の南端のGhor-al-Safi(ゴールサ―フィー)という小さな町で生活をしています。ヨルダンの中でも小さな町で、約18,000人の人々が生活しています。
  
死海沿いに位置しており、死海とその対岸にはイスラエルのパレスチナ自治区が見えます。みなさん、死海を知っていますか?死海は、世界で一番標高が低く、海抜マイナス約400mに位置しています。塩の濃度が極めて高く、生物がすむことのできない湖です。
 
ヨルダンは大半が砂漠、土漠が占めており、水が極めて少ない風土ですが、この死海沿岸の地域は水があり、農業が盛んな地域です。そのため、町に住む半数以上の人が農業に従事しています。

名産はなんといっても、11月~4月に生産されるトマトです。とてもおいしく、また寒冷期のトマトは貴重なので、ヨルダンだけではなく近隣の国にも輸出されています。

トマト農家の男性
トマト農家の男性
トマト農家の女性とヤギ
トマト農家の女性とヤギ

死海と対岸はパレスチナ自治区
死海と対岸はパレスチナ自治区
町のこどもたち
町のこどもたち

この町を含む死海沿岸の地域は、ヨルダンの中で比較的貧しい地域といわれています。確かに首都アンマンのように何でもあるわけではありませんし、お風呂やトイレが家の中にない家も多くあります。しかし、人々はとてもおおらかで、家族を大切にして毎日をイキイキと生活しています。



4月に、この町のみんなに、日本を紹介したいと思い、学校をまわって日本紹介の授業をしたり、夕方には地域のみんなを招待してフェスティバルを開催しました。首都アンマンや他の大きな町では、インターネットがある家も珍しくありませんし、インターネットができるカフェもあります。しかし、この町ではインターネットを使っている家はほぼなく、人々の情報が他の大きな町に比べて限られています。日本のことも、車や家電で「日本」という名前は知っていても、どこにあるのか、どんな生活をしているのかということはあまり知りません。また、3月に東日本で発生した地震についても、1か月経つとテレビでの報道も少なくなっていたので、もう元通りになったと思っている人も少なくありませんでした。

そこで、日本をもっと知ってもらおう、日本に触れてもらおうと思い、他の協力隊員有志の皆さんと日本紹介イベントを開催しました。

まずは、地域の4つの学校をまわって、日本紹介の授業を行いました。日本の地理、文化、食事、家、学校について話し、その後、3月に東日本で発生した地震・津波の状況、また今も人々がどんな生活をしているのかなどを話しました。こどもたちからは、津波を映像を見てどよめきが起き、その後、「日本のみんな、頑張って。」「応援しています。」といった言葉をもらいました。

夕方には、こどもたちだけでなく、地域のみんなに「日本に触れてもらおう」と、そして、現地の人たちとの交流をテーマにフェスティバルを開催しました。他の協力隊員の有志の方が協力してくれて、日本の歌を歌ったり、踊ったり、空手の演武をしたり。また、ヨルダンのこどもたちも、伝統の踊りや、歌、そして地元空手クラブのこどもたちは空手を披露してくれました。当日、1000人以上の地元の人たちが来てくれて、本当に嬉しかったです。

学校での日本紹介授業
学校での日本紹介授業
フェスティバル-ヨルダン人の踊り
フェスティバル-ヨルダン人の踊り
フェスティバル-日本人の踊り
フェスティバル-日本人の踊り

 

あと1年間、この町で現地の人と触れ合いながら、過ごしていきたいと思います。

次回は、町についての紹介第2弾と活動の様子を少しお話しします。

<国際課より>
国際課では松本さんへの励ましのことばや質問をお待ちしております。メッセージは国際課がお預かりし、松本さんへ届けます。
倉敷市はヨルダンで奮闘中の松本さんを応援しています。