ヨルダン通信Vol.7

ヨルダン通信Vol.7

ヨルダン通信 タイトル



JICA青年海外協力隊として、ヨルダンで経済市場調査の活動をしている松本香織(まつもと かおり)さんのレポートをお届けします。第7弾は前回報告したヨルダン倉敷交流事業の続きと、イード・アルアズハ(犠牲祭)について報告します。

マルハバ!
 
もうすぐ12月ですね。だんだんとこちらでも寒さが増してきました。首都アンマンや他の街では、日本と同じくらいの寒さですが、死海沿いのこの街はまだ昼間は温かく、快適に過ごしています。

さて、報告が遅くなりましたが、10月下旬にヨルダンと倉敷の交流事業に参加してくださった皆さんの手紙を妹たちがこちらに持ってきてくれ、こちらの参加者に手渡しました。

倉敷の友だちから手紙をもらって
倉敷の友だちから手紙をもらって
返事を書くヨルダンの小学生
返事を書くヨルダンの小学生

 

みんな、遠く日本から届いた手紙に大興奮!手紙だけではなく参加者の方の写真や折り紙も入っていたので、とても嬉しそうに興味津々で手にとっていました。手紙をアラビア語に訳して伝えると、それぞれ相手のことを知って身近に感じたようで、「いつか日本に行って会いたい」「日本に友達ができた!」と口々に。

返事を書くヨルダンの子どもたち
返事を書くヨルダンの子どもたち

その後、倉敷の参加者の皆さんへの返信のお手紙を、一人ひとり書きました。手紙を書くということが初めての子がほとんどで、何を書いたらいいのか戸惑っている子もいましたが、「私の家族は○人です」と自己紹介したり、「日本に行ってあなたに会いたいです」と書いている子もたくさんいました。

今回、ゴールサ―フィーと倉敷で、子どもたちの交流の機会を持つことができ、こちらの子どもたちにとっても本当に貴重な機会となりました。自分の街から外に出ることすらあまりないので、視野が広がるきっかけになったのではないかなと思います。

交流について詳しくはこちらをご覧下さい
「ヨルダン倉敷交流事業~ヨルダンの友だちと文通しよう~」



さてさて、11月6日~9日の4日間は、イード・アルアズハ(犠牲祭)と呼ばれるイスラム教の祝日でした。前回も少しお知らせしましたが、犠牲祭では、どの家庭も羊を各家庭(都市部なら決められた場所)で屠殺し、神に捧げます。その後、その肉でマンサフという伝統的料理を作って、家族や親戚皆で食べるのです。この期間は、トラックに乗って売られていく羊や通りで羊の毛や血をよく見ます。

売られていく羊
売られていく羊
マンサフ
マンサフ
羊の屠殺
羊の屠殺

 

日本は、お肉はスーパーできれいにパックされて売られていて、牛や豚を屠殺する場面は見ることがありません。しかしこちらでは屠殺だけではなく、鶏肉は鶏屋で生きている鶏をその場で絞めて毛を取り、食用にします。私の街は田舎なので自宅で鶏を飼っている人も多く、生きていた鶏を絞めて料理して食べるというのは、子どものころからとても自然なこととして生活に根付いているのです。

犠牲祭は、ラマダン明けの祝日と同じように、新しい服や靴を着て親戚で集まったり訪問しあったりして過ごします。故郷から離れて生活している人は、里帰りをして家族のもとで過ごします。日本でいうお正月とお盆が一緒になったような感じです。

また、犠牲祭の前に、多くのムスリムの人々が断食をしていました。義務ではないですが、預言者ムハンマドがこの時期にも断食をされたと言い伝えられているためです。このように断食はラマダン(断食月)以外の時でも実施している姿をよく見かけます。私は、ラマダンというと水も食べ物も食べれず、つらいことなのにと思いますが、ムスリムにとっては宗教的修行・喜びの機会なのだと思います。

巡礼を祝う垂れ幕と飾り
巡礼を祝う垂れ幕と飾り

犠牲祭のこの時期は、ラマダンの時と同様、多くの人々がサウジアラビアにあるイスラム教の聖地メッカに巡礼に行きます。巡礼を果たした人の家は、写真のように巡礼を祝う垂れ幕や飾りが掲げられます。

このように人々の生活は、宗教に非常に密着しています。例えば挨拶も「元気ですか?」の返事は「神様のおかげで!(アルハムドゥリッラー)」と返ってきます。また、「明日、会いましょう」と約束を促す時も「神様が望めば!(イッシャーアッラー)」と返事をするのが普通です。

では、来月もヨルダン通信を発信していきたいと思います!イッシャーアッラー!





<国際課より>
国際課では松本さんへの励ましのことばや質問をお待ちしております。メッセージは国際課がお預かりし、松本さんへ届けます。
倉敷市はヨルダンで奮闘中の松本さんを応援しています。