ヨルダン通信Vol.12

ヨルダン通信Vol.12

ヨルダン通信 タイトル

JICA青年海外協力隊として、ヨルダンで経済市場調査の活動をしている松本香織(まつもと かおり)さんのレポートをお届けします。最終回の第12弾は、2年間の活動の成果として現れた職業訓練校の様子と,お世話になった友人たちとの別れについて報告します。

マルハバ! 

みなさん、ご無沙汰しています。ご報告が遅くなりましたが、6月29日に日本に帰国いたしました。

もう帰国して2か月経ちますが、ヨルダンを懐かしく思う気持ちは強く、帰りたいなあと毎日思ってしまいます。また、ヨルダンにいる皆に会えるように、日本でしっかり頑張りたいと思います。

帰国前は、活動やそれ以外の生活も本当にバタバタしていましたが、最後に職場や町の人々とたくさん充実した時間を過ごせました。

少しご紹介したいと思います。

まず、職場での活動ですが、4月末に、職場の職業訓練校で第2回コンペティション(競技会)を開催しました。昨年の第1回は、私から提案して徐々に準備を進めていきましたが、今回は職場の校長や同僚が「昨年のコンペティションが有意義だったから今年もやりたい。一緒にやろう。」と言ってくれて、開催することになりました。コンペティションの表彰式には昨年のように、地元の人々を呼んで職業訓練校のことをもっと知ってほしいという議論になり、それなら、訓練の様子を皆に見てもらえるようにオープンデイも合わせて開催することとなりました。コンペティションや、地元の役場や企業、学校などの案内などの準備についても、昨年よりももっと同僚たちが主体となって進めてくれ、私はサポートにまわりました。

コンペティション1
コンペティション
コンペティション2
コンペティション

重要なのは、現地の人が自分で動いていくことだと思っていたので、この提案は本当に嬉しかったです。私が帰国する前に一緒にやりたいと言ってくれ、同僚たちの気持ちが嬉しく感動しました。

しかし、せっかくやる気になってくれた同僚ですが、でも準備はヨルダン流。全く進みません。ヨルダンでは、仕事に対しての考えが日本とはずいぶん違って、のんびりしています。日本のように、前々から準備を入念にしてということはあまりなく、直前になってやっと慌てて準備を始めるといった感じです。私だけが焦って、早く取り掛かろうよと同僚たちを急かすと、返ってくる返事はいつもの「インシャーアッラー(神様が望むなら)」ばかり。大丈夫かなと心配でしたが、最終的にはなんとか形になり、当日は多くの地元の方々に来ていただいて、開催することができました。なかでも、地元の中学生が男子・女子ともに来てくれて、実際の訓練の様子を見てもらえて、職業訓練校の訓練や、自動車整備・電気修繕といった仕事についても少し知ってもらうことができました。

オープンデイ当日1
オープンデイ当日
オープンデイ当日2
オープンデイ当日
オープンデイ当日3
オープンデイ当日

その後、町の教育局と連携が進み、町やその周辺の町のほぼすべての学校が職業訓練校を見学に訪れてくれました。また、複数の学校で「職業学習デイ」が開催され、私たちが呼ばれて、訓練校の紹介をしたり、また「仕事」についてセミナーを開催したりすることができました。

職業訓練校の広報をもっとして、イメージアップを図りたいと思っていたので、コンペティションやオープンデイが、こういった地元の学校との更なる連携につながったことは、本当によかったと思います。

地元の学校の職業学習デイ1
地元の学校の職業学習デイ
地元の学校の職業学習デイ2
地元の学校の職業学習デイ



さて、そんな感じで活動の日々が過ぎていきましたが、活動が終わってからも毎日同僚や友達の家から、ご飯のお誘いをいただき、本当に毎日朝から晩までヨルダン人と楽しく過ごしました。

同僚や友達からは、「日本に帰らずにここにいなさい。」とか「早くヨルダンに帰ってきて。」と言われて、私もまだまだヨルダンにいたいと思いながら過ごしていました。特に小さな子どもたちが、「どうして帰るの?」と聞いてくるのは本当につらかったです。

最後は、たくさんの人たちがお土産をくれました。中でも一番多かったのはパジャマです。ヨルダンでも家にいるときには、女性は(若い人はほとんど)Tシャツにスウェットという格好なのですが、それを友達や近所のお母さんたちがくれました。どうしてパジャマなのかなと思いますが、他の隊員もパジャマをもらっていたので、そういう習慣なのかもしれません。

いただいたお土産
いただいたお土産

また、他にはアバヤという伝統的な黒いワンピースや部屋着のワンピースをもらいました。あと、中国製の毛布をくれようとしたお母さんもいました。ヨルダン人同士での贈り物では見かけるのですが、さすがに「日本はヨルダンより寒いし、毛布もたくさんあるから大丈夫だよ」と言ってそれはお断りしました。日本はもっと寒いから風邪ひかないようにというお母さんの気持ちがすごく嬉しかったです。

日本でつくったヨルダン料理
日本でつくったヨルダン料理

あといただいたのは、モロヘイヤやオリーブといったヨルダンの食べ物です。ヨルダンのご飯はおいしいから、日本でも家族に作ってあげなさいと言って、レシピを教えてくれました。

最後は職場でもお別れ会をしてくれて、「ありがとう」という盾をいただきました。やり方、特に仕事のペースが違って、意見をぶつけたこともありましたが、毎日笑顔で自然体で活動ができたのも、校長や同僚たちのおかげで、本当にありがたかったなあと思っています。

職場の同僚1
職場の同僚
職場の同僚2
職場の同僚

本当に温かいヨルダン人に囲まれ、家族のように接してくれる中で過ごすことができて、とても充実した温かい気持ちばかりの2年間でした。私自身、周りの人たちを「外国人」と意識することはそんなになく、特に後半はヨルダンを「外国」と思うこともなく、自然に生活することができました。それも、ヨルダンにいるたくさんの同僚や友達、近所のお母さんたちが、私を一人の人間として、そして家族のように接してくれたおかげだと思います。

お世話になった方々とのお別れ1
お世話になった方々とのお別れ2
お世話になった方々とのお別れ
お世話になった方々とのお別れ3



ヨルダンというと、特に最近は「アラブの春」の影響もあって、「治安が悪い」「恐い」といった声を聞きますが、本当に残念です。治安が悪くもないですし、恐いところでもありません。むしろ盗難などは少ないですし、困っていたら誰かが必ず親切に教えてくれるし、優しさや親切を感じるところだと思います。他の中東の国々も含めて、政治的に不安定な要素はありますが、しかしそこに住む人々は温かい人たちです。家族の幸せを思い、毎日平和に暮らしたいと思っている人ばかりです。

ヨルダンの普通の日常を知ってほしい、ヨルダン人の普段の姿を伝えたいと思って、ヨルダン通信を書かせていただきました。少しでもヨルダンを知るきっかけになっていただいたのなら嬉しいです。今までご覧くださって本当にありがとうございました。



<国際課より>
これまでヨルダン通信を購読いただき,ありがとうございました。
松本さんのレポートを通して,ヨルダンの人々や文化,生活などを知り,この国のことを身近に感じられるようになりました。また,JICA海外ボランティアの活動や暮らしについても垣間見ることができました。
倉敷市は2年間にわたりヨルダンを伝えていただいた松本さんに感謝申し上げるとともに,今後の松本さんのご活躍を応援しています。