大国屋 川田甕江生家
江戸時代中期(1800年頃)の建物で綿回船問屋の店舗として使用されていました
当家は川田甕江の生家であり氏は和歌を小野務に学び 儒学を鎌田玄渓に学ぶ
板倉勝静 将軍徳川慶喜に従い江戸に至る
明治5年三島中州と共に「二松学舎」を起こした
また玉島事変に熊田恰の自刃に際し玉島を戦火から守り部下の助命嘆願書を備前藩に提出する草案を作った
維新後、東宮待講貴族院勅選となり東大教授宮中顧問官に任ぜられた
平成4年8月 新町ルネッサンス振興会
設置物
石碑
木製札
設置年月
石碑 昭和44年12月
木製札 平成4年8月
所在
玉島中央町1丁目15ー6(安原倉庫)
設置者
石碑 不明
木製札 新町ルネッサンス振興会
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